LOGIN10分後。
「ええ加減にさらさんかえこのボケッ!」
健太郎が藤原の後頭部を張り倒した。
「ごっ……!」
衝撃で目から火を出した藤原が、思わずうなる。
そして静かに、大きく深呼吸すると手を挙げ、二人に言った。
「すまん、ちょっとタイムや……」
ポケットから煙草を取り出し、くわえて火をつける。
「ふううううぅっ……」
白い息を吐き、眉間に皺を寄せ、天を仰ぐ。
「……よし、もう大丈夫や……いわちゃき、いや、岩崎雄介やな、分かった……」
煙草を床に捨て、踏み消した。
「……そやけど、岩崎雄介……そんなやつ、俺知らんぞ。訳の分からん事ぬかしやがって……それも人の事、馴れ馴れしぃ呼びくさって」
「正気に戻ったかえ。そやけどちょっと待てや、その話は後や。
おえ屁たれ! 先に俺が質問するっ! お前がどないして、そんな訳の分からん能力を得たんか、まずはそっからや! さあ、答えたらんかえっ!」
健太郎が雄介にショットガンを向けて吠えた。
健太郎の問いに、思考が停止していた雄介もようやく我に帰った。
「……い、いいでしょう……そうですね、物事には順序と言う物がありますよね、分かりました。まず僕の能力についてお話しましょう」
雄介が両手を後ろに組み、窓から地上を見下ろした。
「僕の家、岩崎家の神社には、代々受け継がれてきた御神体がありました。それは遥か昔、メデューサが首をはねられた時に流した涙のしずくで……そのしずくには、彼女の全能力が残されていました……恐らく、理不尽な理由で魔物に身を貶められ、挙句惨殺された彼女の最後の抵抗だったんだと思います……
そのしずくはペルセウスによって封印されていた……しかしある時、彼女の首と共に、そのしずくも消えてしまいました……彼女の姉たちが盗んだのです……姉たちは神々から妹を守るため、涙のしずくを首飾りにして人間界に解き放った……
メデューサは、姉たちと違って不死ではありませんでした。しかし彼女には、姉たちにない能力がありました。それは他の生物に憑りついて転生していくという物でした。その能力のおかげで、彼女は神々が去った後の世界の歴史に、大いに関わる事になるのです。
人間の寿命は彼女にとってはちっぽけな物ですが、しずくとなった彼女は、宿主たる人間が死ぬと次の人間へと憑りつき……おかげで現在も彼女は生き続けているのです。
彼女の能力に惹かれた人間は数多くいました。クレオパトラ、妲己〈だっき〉、褒嫂〈ほうじ〉……数々の女王・悪女として歴史を揺るがしてきました。
中国に伝わる仙術などではメデューサの能力を封印する事は出来なかった。時の中国覇者であった魏の皇帝は、貢物を持ってきた日本に、この厄介な代物を授けました。当時の日本の覇者だった邪馬台国の卑弥呼は狂喜し、それを首にかけて……
しかしやがて卑弥呼の王国も倒され、しずくも封印されました。神道によって……どう言う因縁か、神道にはしずくの妖力をかろうじて抑え込む力があったようなのです。
神道によって絶える事なく受け継がれ、いつの頃からか僕の家、岩崎神社にて封じられていたのです。
3年前、僕はしずくに導かれて……その時から僕は、この能力を得る事となりました。メデューサは僕に約束してくれました。欲しい物を手に入れてやると……僕にはひとつだけ、欲しい物がありました。ですから僕の心に、迷いはありませんでした」
「やっぱしそうかえ。おえ藤原、こんガキはメデューサに操られてけつかるんや!」
「違いますよ、健太郎さん。彼女が僕に力をくれたのは事実ですが、僕はあくまでも岩崎雄介です。この力を得てから、僕は僕を虐げてきたこの世界に復讐しようと決意したのです。
僕は3年間、メデューサの能力を如何にしてこの現代に生かせるか、研究を続けました。そしてやっと、第一段階を迎える事が出来たのです」
「……それが携帯やったっちゅうんかえ」
「この現代、携帯は誰でも持っていますからね。ある意味現代人は、コンピューター、携帯の奴隷とも言えます。僕が彼らを隷従させるアイテムとして、これほどふさわしい物もないでしょう。
間もなく第二段階が発動します。端末を伝わって、僕のこの能力は世界中に轟く事でしょう。僕の下僕たちが世界中に広がるのに、そう時間はかからないでしょう。健太郎さん、あなたにも僕の忠実な下僕になってもらいます。
僕はメデューサとの約束通り、藤原君を手に入れ……藤原君と共に、この世界を支配します」
「そこやそこっ!」
健太郎が叫んだ。
「やっとそこにたどり着いたわい。おえ雄介、なんでそこで藤原が出てくんねん。そこがよぉ分からんのや。おえ藤原、お前、この屁たれとそない仲よかったんか?」
「いや……岩崎雄介……あかん、なんぼ考えても出てこん。俺知らんぞ、お前なんか」
その声に雄介が、振り返って叫んだ。
「どうして、どうして嘘をつくの! 藤原君は僕のたった一人の親友じゃない!」
「親友やと……俺に親友と呼べるやつがおるとしたら、ここにおるデブぐらいのもんやぞ。お前なんか知らんぞ」
「どうして藤原君! ほら、修学旅行の時、班決めで誰からも声をかけられず一人でいた僕に声をかけてくれたじゃない! 『俺の班に入らへんか』って!
あの一言がどれだけ、どれだけ嬉しかったか……あの時の君の笑顔、僕は忘れた事はないよ! 思い出して、藤原君!」
藤原が腕を組んだ。
修学旅行……確かクソつまらんスキーやったな……班決め? ああ、飯食うテーブルとか部屋の割り振りすんのに4人一組で作れって言われてたな、確か……俺は健と本田と一緒で……
「あ」
藤原が声を漏らした。
「分かった分かった、思い出したぞ」
「お、思い出してくれたの、藤原君!」
「ああ、思い出したわ」
「僕にとって学校の行事は、全部苦痛でしかなかったんだ。いつも一人、誰も僕に声をかけてくれる事はなかった。教師に無理矢理放り込まれたグループで、いつも息苦しい思いをして……
でも修学旅行は違った! 教師の命令じゃなく、君は君の意思で僕を選んでくれた! あれから僕の高校生活は一変したんだ!」
「アホ」
藤原が雄介に向かい、突き放す様にそう言った。
「アホ。あれは俺らのグループが一人足らんかったから、しゃあなしに声かけただけやないか。別にお前やなくてもよかったんや」
「え……」
「大体お前、思い出したけど、あの後もよぉ俺につきまとってたな。小便する時もくっついてきよってからに。その癖、何か喋ってくる訳でもなく」
呆然と藤原を見る雄介が、信じられない様子で口を開いた。
「じゃ、じゃあ、あれは友情じゃ……」
「ない」
藤原が言い切った。
「誰がお前みたいな屁たれと友達になるねん。おい雄介、健の中学時代知っとるか? このデブ、今でこそ恥知らずで迷惑条令筆頭で、ど厚かましい人間の屑やけどな」
「……お、おえ……お前、ボロ糞やないかえ……」
「そやけどこいつな、中学ん時はクラスでサンドバッグやったんや。当然友達もおらんかった。そやけどな、資源をただ浪費するだけの大便製造機であるこのデブは」
「ふ、藤原……お前、どさくさにまぎれて言いたい放題やないかえ……」
「こいつは努力した。殴られん為に考えて、嫌われん為によぉ喋る様になった。媚びとるっちゅうたらそれまでやけどな、ほんでも見てみい。今はこない迷惑な大仏に育って人生を楽しんどる。
そやけどお前はどないや? 確かに頭数、そんだけの理由で俺はお前に声かけた。そやけどお前、その後なんか努力したか? ただ俺の後ろつきまとってただけやないか。お前は何もせんと、俺が声かけるのをずっと期待して待っとった。
その屁たれた性根が見えたから、俺は一回もお前に声をかけた事はないはずや。大体お前の粘着のおかげで、クラスの女共がどんだけ俺とお前のからみ妄想しとったと思とるんじゃ、迷惑な」
「……」
「大体卒業してから何年経っとると思とるねん。いつまでも学生時代ひきずり倒しとらんと、はよ友達作れよ」
「……」
「さてと……誤解も無事解けたみたいやし、さあエロダコ、石像らを元に戻したれや。それとも死ぬか」
藤原が一発銃をぶっぱなした。
弾が雄介のわき腹をかすめる。
「ぐっ……」
雄介がうなった。
「よぉこの手の映画のオチでは首謀者、つまりお前やな、そいつを殺すと呪いが解けて、みんな元に戻るっちゅう事になっとると、坂口さんが言うとった。どや、試してみるか」
そう言ってもう一発、今度は肩すれすれに撃った。
「おえ屁たれ、そう言うこっちゃ。色々誤解はあったみたいやし、お前に同情する気がない事もない。
そやけどな、今お前がやっとるんは何や? 自分に力がでけた途端、上から目線で世界に復讐やと? 歪んどるにも程があるわい。
言うとったる。お前がどんだけ力を持ったとしてもな、歪み倒しとるお前が世界に君臨するなんて事は絶対にあらへん。もうこの辺でやめとけ。そしたら俺らも穏便に済ましちゃる。涼子ちゃんと藤原の母ちゃんも自由にしたれ」
半年後。戦いは終わった。数百万の犠牲を払った大阪に、少しずつ活気が戻りつつあった。事件の真相は当然、誰にも分からない。全てを理解しているのは、藤原と涼子だけ。そして二人が、それを口外する事はなかった。* * *徘徊していた数百万にも及ぶ石像たちは皆、元の姿に戻っていた。しかし坂口の言っていた、「首謀者を倒せば、呪いが解けて皆が助かる」と言う言葉は、残酷な答えとなって返っていた。確かに元の姿に戻りはしたが、脳味噌を排出した人々が再び蘇生する事はない。市内は数百万人の死体の山、ゴーストタウンと化していた。学者たちは頭を悩ませ、連日この惨劇を巡っての議論が続いた。だが誰一人として、答えにたどり着くものはいなかった。藤原は思っていた。(呪いからは解き放たれた……魂っちゅうもんがあるんやったら、みんな、安らかな眠りについた筈や……そうや、絶対そうや……)* * *雲ひとつない透き通る青空を、ベンチに座って見つめている藤原と涼子。藤原が涼子の頭を優しく撫でた。「お兄ちゃん、屁たれにだけはなりたくないね」涼
爆発が起こった。衝撃で部屋が揺れる。「なるほど……健太郎さんにしては、なかなか格好いい最後だったようですね、ふはははははははっ!」「くっ……健っ……!」素早くマガジンチェンジを行い、藤原が雄介目掛けて発砲する。その藤原の体を、雄介の鋭い視線が容赦なく切り刻んでいく。* * *その時、爆発音に妖しい眠りから覚めた涼子の視界に、雄介と戦う藤原の姿が映った。「……お……お兄ちゃん……」涼子が体に巻かれたコードを外そうとあがく。幸いにもコードは緩く締められていて、何度か試みている内に外す事が出来た。―涼子の目に、床に転がる鉈が映った。涼子が鉈を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。「ふはははははははっ! 藤原君、そろそろお別れの時ですね! 僕を裏切った事、あの世で後悔してください!」涼子が鉈を振りかざし、雄介の後ろに立った。藤原は壁にもたれかかり、諦めきった表情で両腕をだらんと下ろした。「よりによって、屁たれのクソダコに殺られるとはな……」「死ねっ!」その時だった。「やああああああああっ!」
雄介が拳を握り締め、わなわなと肩を震わせた。レースでよく見えないが、泣いている様に見えた。そしてしばらくすると天を仰ぎ、藤原への思いを断ち切る様に笑い出した。「あっはっはっはっ!」虚しい笑い声が、室内に響く。「分かりました……僕には……僕には友達なんかいなかったと言う事ですね……じゃあ僕は何ら遠慮する事なく、この力を持って世界の頂点に登ります……やはり頂点は一人なんですね……まずは健太郎さん、あなたです……あなたには最高の舞台を用意しましょう……直美さんっ!」「何……直美ちゃん、やと……」雄介の声にバスルームの扉が開き、中から直美がゆらりと姿を現した。「直美ちゃん……無事やったんかえっ!」「待て健」身を乗り出して叫ぶ健太郎を、藤原が制した。「よお見てみい、目が死んどる」「な、直美ちゃん……」「彼女はもう、僕の忠実な下僕です。彼女の能力は素晴らしい物です。石像にしてしまうには余りにも惜しい、そう思いましてね。彼女にはその姿のまま、僕の番犬になってもらったんです。さあ直美さん! まずは健太郎さんを殺して下さい!」その声に、直美の肩がピクリと動いた。&nbs
10分後。「ええ加減にさらさんかえこのボケッ!」健太郎が藤原の後頭部を張り倒した。「ごっ……!」衝撃で目から火を出した藤原が、思わずうなる。そして静かに、大きく深呼吸すると手を挙げ、二人に言った。「すまん、ちょっとタイムや……」ポケットから煙草を取り出し、くわえて火をつける。「ふううううぅっ……」白い息を吐き、眉間に皺を寄せ、天を仰ぐ。「……よし、もう大丈夫や……いわちゃき、いや、岩崎雄介やな、分かった……」煙草を床に捨て、踏み消した。「……そやけど、岩崎雄介……そんなやつ、俺知らんぞ。訳の分からん事ぬかしやがって……それも人の事、馴れ馴れしぃ呼びくさって」「正気に戻ったかえ。そやけどちょっと待てや、その話は後や。おえ屁たれ! 先に俺が質問するっ! お前がどないして、そんな訳の分からん能力を得たんか、まずはそっからや! さあ、答えたらんかえっ!」健太郎が雄介にショットガンを向けて吠えた。健太郎の問いに、思考が停止していた雄介もようやく我に帰った。「……い、いいでしょう&
銃を構えた藤原が、部屋に足を踏み入れたその時だった。「藤原、目えつむれっ! やっぱしやつはゴーゴンの力を持っとった! 顔見たら石にされてまうぞっ!」健太郎が大声で叫んだ。「……分かった」藤原が静かにうなずき目をつむり、安眠マスクをしようとした。その時だった。「藤原君! 心配しなくていいよ! 君に危害を加える様な事は絶対にしない! する訳ないじゃない! さあ、目を開けて!」雄介の狂喜する声が響いた。「何を! 騙されるかえっ!」「……大丈夫、僕は顔にレースをかけます。そうすれば石になる事はありません。健太郎さんも大丈夫ですよ、マスクを取ってください」藤原が恐る恐る、ゆっくりと目を開けた。すると雄介の言う通り、彼は顔に黒いレースをかけていた。頭にはシュルシュルと蛇が動いているのが見える。「おい健、大丈夫や。お前も目ぇ開けろ」藤原の声に、健太郎も安眠マスクをゆっくり外した。「……」藤原には、所狭しと張られている自分の写真、散乱しているコードや倒れている涼子の姿は見えなかった。彼の目に映ったもの。それはその場に転がっている、坂口の無残な生首だった。「坂口さんも……やられたんか……」「お
13階でドアが開いた。ショットガンを突き出しながら、健太郎が素早く左右に目を這わせた。坂口は十字架を天高く掲げ、健太郎に続く。その時、またあの声が聞こえてきた。「心配ありませんよ……ここに石像はいません……いるのは僕だけです……」「くっ……こんガキ、とことん挑発してけつかる……まあええ、行ったろやないかえっ!」健太郎が吠え、大股で藤原の部屋に向かった。声の主の言う通り、石像に遭遇する事無く、二人は藤原の部屋の前に立った。健太郎と坂口が顔を見合わせ、互いにうなずく。その時、玄関のドアが静かに開いた。「坂口さん、行きまっせ!」「分かった!」二人が同時に足を踏み入れる。「な……」健太郎が我が目を疑う。そこは既に、健太郎が知る藤原の家ではなくなっていた。バスルーム以外の壁が全てなくなっており、3LDKの部屋が大きな一室になっていた。そして至る所に、藤原の写真が所狭しと貼られていた。「な……なんじゃこの部屋は……藤原、藤原だらけやないか……あいつ、こないナルシストやったんかいな&hellip